2025年6・7月号
佐渡出身の松栄 俊三氏を
知っていますか?
文 有泉 純
有紗
寒かった冬が終わって桜の季節になり、
島も活気づいてきたわね。
霊夢
そうだよな。
各地では祭りが行われているしな。
ロングライドもある。
有紗
うん、
自転車で気持ちよさそうに走っている人たちを
よく見かけるようになった。
そういや、トキマラソンもあるし走っている人
もいるわ。
たまに外国人たちも自転車乗っていたりするわ。
霊夢
これから佐渡ではいろんなイベントが目白押しだしな。
外国人と言えば、今や定番となった夏の風物詩でも
あるアースセレブレーションも控えているしな。
佐渡も世界遺産となってそろそろ一年が経つしな。
日本ではインバウンド需要が増加して、
有名観光地以外の各地方にも外国人はどんどん
押し寄せているのが普通になりつつある。
有紗
佐渡もぜひ盛り上がって欲しいものだわ。
霊夢
うむ、
例えばさ、相川の古民家を改築して開業したホテルが、
米誌の「タイム」で「世界で最も素晴らしい場所2025」
で選ばれているんだ。
有紗
へー、そうなんだ。
すごいわ。
霊夢
故 松栄 俊三氏はこの状況を喜んでいるかな。
相川出身でもあるし。
有紗
誰なの、それ?
霊夢のお祖父ちゃん?
霊夢
違うよ。
有紗は若いから知らないのも無理ないけど、
松栄 俊三氏は佐渡出身の有名な著名人だよ。
新潟県議会の議員になり、新潟県佐渡郡相川町長でもあり、
佐渡汽船社長、会長などを務めた。
また佐渡鉱山の縮小という佐渡の転換期にも町政を担って
もいる。実業家であり、政治家でもある。
有紗
なんかすごい経歴の人ね。
まるで佐渡の歴史の舵取りをしてきたような活動を
されている。
霊夢
そう、そうなんだよ、有紗。
佐渡の代名詞でもある佐渡金山の衰退に深く関わった
人物でもある。
佐渡鉱山は一九四〇年 昭和一五年、歴史上最も多い金と銀
を採掘している。戦中でも同様で、日本政府の商工省次官が
佐渡を激励に訪れている。
佐渡の金山というと江戸時代が全盛期だと思われがちだけど、
戦後も重要な鉱山であったわけで、それは三菱が推し進めた
機械化によって合理的な採掘ができるようになったからでも
あるんだ。その流れを松栄 俊三氏は経営者として鉱山の縮小
を決定した。
つまりは赤字解消のために、経営体制の見直しと健全化に
着手したわけだ。
一九五二年(昭和二七年)だな。
当時はリストラという概念自体なかった時代だからな。
有紗
大胆な決定を下すことができたのね。
霊夢
そういうわけだな。
そうした経営者としての才覚は、その後も佐渡汽船の社長
として遺憾なく発揮された。
一九四二年から一九五五年まで社長を務められている。
佐渡航路に尽力した。
佐渡の観光客数は一九九一年に最高の一二三万人を記録
しているが、その礎を作ったとも言えなくもない。
松栄氏は五百石積みの「松栄丸」を所有し、北海道から東京
までの販売ルートを開拓したことも功績に挙げられるな。
有紗
それだけの人なら、敏腕であり、
相当に推しが強い人だったのでしょうね。
霊夢
いや、有紗、
逆でとてもお穏やかな人柄だったらしい。
実業家や政治家として成功した人でありつつも、
地元の発展や教育にも熱心だったそうだ。
戦前には佐渡郡教育会長として3期務め、
戦後には「良寛の母の碑」や「村田文三翁之像」を有志と共に
建設するなど、文化事業にも積極的だったようだ。
有紗
今度、相川に住む友達に
松栄 俊三のこと聞いてみようっと。

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